2020年12月14日(月)1日が短い

7 時半に起き、仕事はそこまで詰まっておらず、食器洗いは 1 日 1 回になるように調整しているのに、だ。

19 時に夕飯、19 時半からアニメを 1 本、20 時から FF15 をやり、21 時過ぎから湯船に浸かりながら Kindle で読書、あがって読みものをしながらクールダウン。22 時を過ぎてから洗いものを済ませて、さてブログと書きはじめた現在 22 時 35 分。このあとさいきんはじめた瞑想を 1 セットやって 23 時すぎに眠れるといいのだけど、このペースだとたぶん過ぎる。

さっき洗いものをしながら思った。なぜ 1 日が短いと言い出すのか。これはたぶん 1 日が 25 時間になっても 26 時間になっても同じことを言い出すのだ。つまり 1 日の時間が短いことが不満なのではなくて、自分が満足するためのあれこれを 1 日のうちにできていないことが不満なのだ。アニメはもう 1 本くらい見たい気がするし、FF15 だってあと 1 時間多くやりたい。ネットをふらふら歩いて、おもしろいブログをみつけて満足したいし、デスクの配線もっときれいにしたいし、オーディオインターフェースの配置も見直したいし、観葉植物も仕入れたい。いろいろ言い出したら読むのが面倒なくらいには、やりたいことがたくさんあるのだ。

それを 1 日でやるのは工夫がいるし、たいていの場合、生活しているだけで作業の前後の空白の時間は生まれる。疲れもするし、仕事に取りかかる心の準備もいる。ツイッターは眺めちゃうし、音楽だって聞いてしまう。

でも、じゃあやりたいことリストを作ってだの、スケジュールを切ってだの、そういう心を無視したベルトコンベアみたいなことは、いまは無理。だから、毎日をくりかえしながら、少しずつだけど、遅いけど、今日よりマシになるようにってやるしかないのよね。

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