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月: 2020年4月

望遠レンズ

日記に惹かれているのには、わたしの好みもある。

ここ7,8年くらい前だろうか、ていねいな暮らしというのが流行ったことがある。日の当たる落ち着いた部屋に、観葉植物やお気に入りの食器、ナチュラルな雰囲気とオーガニックな食事、それと自分だけの小物を飾る、みたいなやつだ。揶揄してるわけではなくて、ていねいな暮らしの言葉だけが確かなのだけど、その実態が掴めていないので、ふわっとしているだけだ。そういう、暮らしや日常を大切に思う気持ちというのは、どちらかと言えば好きなのだ。

部屋に差し込むひかりのつよさ、拡散の具合、階調はどれくらいか(いいひかりは、大抵の場合3分もすればなくなってしまう)。HomePod から haruka nakamura のミュートピアノソロを流す。自分の焦点距離が標準から望遠あたりに切り替わり、部屋の一角を切り取る。いい絵がみえたからカメラで同じように撮ってみる。アプリで注文したお花の定期便が届く。さっき書いたいわゆるていねいな暮らしほど豊かではない。けれど、よそ行きではない自分の部屋のあれこれが、カメラで切り取ったようなイメージになる。そういう瞬間はわたしの生活にもある。

でも、昨日書いた DPZ の古賀さんの日記のような、家族がある、とくにお子さんがいる生活には敵わないなあと、それを見るレンズが望遠になる。そう敵うことを望んでいるわけではないのだけれど。

自分でも日記を書いてみようかなと思うものの、ずっと家にいて、仕事をしていないわたしは、会話の量も少ない。人と話すのは、週に2度か3度くらいのものだ。いつか喋り方を忘れるんじゃないかと言いたくもなる。それでもそのうちに書けることも出てくるんじゃないかと思っている。

書くのは得意じゃないけど、好きになれそうな気がしている。

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まばたきする体

日記に興味がある。

その人の無垢なまなざしを側からみられるブログが好きなのだけど、同じ理由で日記も好きだ。

DPZで編集をしている古賀さんのインタビュー記事を読んだ。

古賀さんは、はてなブログで毎日書く日記をつづけている。それについてのインタビュー記事だ。

日記をはじめたきっかけもふんわりしていれば、原動力もひとつもわからないというのに、すごく共感する。私もそうだったからだ。

どんなふうに書いているか、どんな工夫をしているか、はてなスターが励みになる。そういうことも書かれている。はてなの編集の方がやさしくはてなブログのアピールをしているさじ加減が素敵。

いくつか共感したところ

ブログといえばはてなブログ一択みたいな世の中になっているのを感じ

知らない人が「起きて寝てめし食った」という暮らしのことだけの文章を、びっくりするくらい多くの人に読んでいただけて、支持してくださるということに本当に驚いて、すごいことだと思ったんです

WebサイトやWebメディアがなくなっても、その「人」は生きているんだろうなって思っています

古賀さん、お会いしたのは一度や二度くらいのものだけれど、インターネットで生きてる感じが、昔からのそれと地続きですばらしい。わたしもずっとそうでいたい。「まばたきする体」、ブックマークしてまいにち読もうと思う。

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引き出し

インターネットから感じること、遊んでいるゲームの感想。そういったことは、すらすら言葉がでてくる。

でも、母親と話せることの引き出しを、ぼくはいくつ持っているだろう。

母親じゃなくていい。一市民としてこの世界に暮らしているだれかに、ぼくが話せることが、どれくらいあるだろうと考えを巡らせると、レパートリーの少ないレストランみたいだ、と思う。

前にこのブログに書いた、固形のジャムが苦手だという話。あれは、ちょうどいい気がする。

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Aimer で「悲しみはオーロラに」。

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