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2020年11月24日(火)泳ぐサカナ

今年はじめて、布団から出たくない朝だった。

坂本真綾さんの冬をテーマにしたコンセプトアルバムは、彼女が冬にしか聴いてほしくないと言っているのを知ってから、冬の楽しみのひとつになっている。いつからいつまでが冬なのかは、聞いてくれる人が「冬だな」と思ったそのときでいいとのこと。

今朝は冬認定にちょうどいい機会だったのだけど、冬認定は毎年、キリッと冷たい空気を感じたときにしていて、今年はまだそれを感じていない。だから、私の冬はまだ来ていない。まだ秋だ。「Driving in the silence」を聞くのもまだ先だ。

打ち合わせでビデオを繋ぐ。「こたまるの顔がぼーっとしてるように見える」と言われ、「私はだいたいぼーっとしてます」と答えた。でも、そうなのだ。3連休からぼーっとしている。一人だけ靄のなかにいるような。

お風呂に浸かりながら、新しい音楽が足りてないなと、思い至る。好きなアーティストのリリースがなかったり、そのときお気に入りのアルバムがないときは、振り返りの順番だったりするのだけど、最近はその時間が長すぎて、なんだかぼーっとしている。表面的にはわからないのだけど、私は音楽で生きているようなところがあって、言葉にすると大層なことを言っている感じになってしまうのだけど、音楽に乗って生きているようなところがある。海流に乗っているサカナのようなイメージが近い。自分で行き先を決めるのではなくて、音楽の流れに乗っていく。だから、上がるも下がるもそのときに合う音楽次第な、そういうところがある。

いつもは好きなものばっかり聞いて、深く掘っていく聞き方をする。ちょっと新しいものを聞いていくようにしてみる(と言いながら、好きなピアニストの新作を聞いている)。

睡眠計測をしているお気に入りの Oura Ring のアプリが日本語のサポートをはじめた。これまで新しいメッセージが出たときは、英語をがんばって読んでいたのだけど、これからはスイスイ読める。

2020年11月23日(月)行ったり来たり

お気に入りは写真に撮ってしまう。

Mac mini light
Panasonic DC-GX7MK3, LEICA DG SUMMILUX 25/F1.4 II

それがそこにあるだけで、そこが画になるイメージが見える。

Mac mini dark
Panasonic DC-GX7MK3, LEICA DG SUMMILUX 25/F1.4 II

撮影用に取り繕わず、そのまま撮るのが、自分のなかで気持ちいい。記録や残すつもりが、気に入った写真になると写真のよろこびにもなって2倍うれしいみたいな。

3連休はずっと家にいた。私が得意な、何をするでもなく時間がすぎていく、をしつづけた。意識もせず。気がつくと目が覚めて、気がつくと外が暗くなっている。そのあいだも当然ながら意識はあり、行動しているのだけど、一瞬で1日が過ぎていく。出かける用事はないから、いいのだけど。

いいのだけど、味気がない気もする。

休日というと、なぜだか外に出かけて何かをしなくてはいけない、どこからともなく圧を感じる。ここ数日はそれを薄く長くしてずっと感じ取っていた。のだが、今日の昼ごろ「別に出かけなくてもいいじゃん。部屋にいて何も困ってないし」と、なんだか開き直ってみたら少し楽になった。

疫病のこともあるし、家にいるのはいいのだけど。

いいのだけど、味気ない。

2020年11月18日(水)どうにかなる日々

夜中の3時頃、iPhoneから鳴る電子音で目が覚める。アラームかと思ったが、どうやら間近になったバッテリー切れを知らせるアプリの通知音だった。Oura Ringとの両輪で睡眠計測に使っているもので、アラーム機能もある。きっとそのアラームがバッテリー切れで動作しないことを懸念してのものなのだろう。しかし、より良い睡眠のためのアプリが、睡眠計測をするユーザーを夜中に起こしてしまう体験を提供するだろうかとも思ったが、それよりアラームが鳴らないことで起きられず、大事な予定に遅刻するなどした方が、ユーザーには大惨事になると思えば、苦渋の選択といったところだろうか。

そんなわけで目が覚めてしまい、寝付けないまま、途中で観念してiPhoneを手に取ったりと、そのまま1時間ほど。

そこからは眠ったのかよくわからないまま。5時半に予定どおり起き上がり、なんとか身支度をして外へ。朝だ。キリッとした空気とそこから守ってくれる上着に秋の朝を感じた。

喉が渇かないようにと売店へ。

「いらっしゃいませ」

「ホットドリンクはコーヒーだけですか?」

「ホットコーヒーとカフェラテがございます。ひとつ上のフロアのカフェには紅茶などもご用意しております」

「あぁ、いや、じゃあカフェラテをください」

てきとうに千円札を置く。

「お支払いはそちらへ」

手で促されたところには両替機のような什器。なるほど、このご時世だから現金の受け渡しはしないようだ。3番スクリーンは10人にも満たない客入りだった。

平日の早朝から心がじんわりやわらかくなり、新宿の街を周りの0.7倍くらいの速度で歩く。人がたくさんいる。駅の連絡通路を通って反対側へ。ここまで来ているなら気に入ったレンズを手に取ってみようと思ったからだが、時刻は9時50分。仕方がないので、カフェに入って小腹を満たす。この日、二杯目のカフェイン入りを決めてしまう。

降りる駅を通りすぎ、反対側の街へ。人気で品切れがつづいている寝具がないか探すも見つからず、ゆっくりした足並みで帰宅。これでもまだ正午ごろだった。

そこから、自分のペースでゆったりと仕事をし、いつもより余裕もあれば、質もいい気がする。暗くなりはじめた頃で手を止めた。

ただのイメージだが、世間からズレて暮らすというのは案外に心地がいいのだと思った。ひとりで動く日だからこそできたことだが、これはこれで、エアポケットのなかにいるような、時間のながれが遅くなったかのような、不思議な時間のように感じた。

2020年11月17日(火)流れている

めざましの前に目が覚める。眠気は少なく、体も重くない。が、Oura Ringのスコアはいつもよりも少し低め。ベッドを新しくすることで改善を期待していた RESTFULNESS の項目も変化がない。当ては外れたが、それを差し引いても新しいベッドは気に入っている。

午前中、長くかかった原稿を出す。一方で、勢いよく仕上がった原稿を夕方に出す。企画が立ち上がったとき、もしくは初稿を読んだとき、その原稿をどこまで仕上げるかをなんとなく定めているものだが、最近はその振れ幅をかなり広く持っている。誤解を恐れずに言えば、かなり書き手に任せている。上がってきたものに対してストレッチの幅を求めていない。その分というわけではないが、それによってフィードバックの仕方が変わってきている。フィードバックを飲み込める書き手は伸びる。勝手に伸びる書き手もいる。だから、足掛かりや梯子は渡してあげるが、上がってくるまで待つ、ということもしない。

夕方、少し気になっていた映画の上映終了が近いことを思い出す。多くの上映館ではすでに終了していた。それでもまだ上映している映画館を調べると、観に行く先は二箇所に絞られた。行き慣れてはいるが早朝かなり早い時間の上映しかない映画館。もう一つは、あまり行きたくない街の、勝手がわからない映画館だが、上映時間が夕方で安心できる。さて。

昨日公開したポッドキャストへの反応をみつける。それをきっかけにいい話に繋がった。うれしい。

湯船に浸かりながらポッドキャストを聞こうとアプリを立ち上げると、Apple Podcast の「テック・ガジェット系」という30番組のセレクションに自分の番組が入っていた。単純にうれしい感じがせず、なぜだかわからない。

明日、私は早起きをする。はず。

2020年11月15日(日)少しの満ち

あたらしく買ったカメラで写真が撮りたくて、行き先なく外へ。

神保町から小川町、淡路町、万世橋のあたりから秋葉原まで、本当にてきとうにふらふらし、写真を撮った。小さめのカメラで、そのときの視界を採取していく。

帰りにひとりでとんかつを食べる。行きつけというと言い過ぎな気もするが、気に入っていて割とよく行く店だ。席と席のあいだに仕切りが設けられていることだけが以前と違い、いい距離感を保ちながらの気配りある接客とおいしい料理はいつもと同じ。ひれかつとチーズメンチかつ。ごはんをおかわりするくらいおいしかった。

帰宅してポッドキャストの収録。どうも感覚的なところがうまく言葉にできない。その感覚をズレなく言うのではなく、相手に伝えるために言葉を吐くようにしたほうがいい気がする。……のような感じで感覚派なのがよくない。

シャワーを浴びて、まだまだ新しいベッドに倒れ込む。少しだけ満ちを感じた。こんなもんでも、いいのかも。そう思った。

2020年11月14日(土)新しいベッドが来た

午後、新しいベッドが届く。

これまで使っていたベッドのシーツを取り、引き取ってもらうだけの姿にしておく。お世話になった。

予定より遅れた配送も、業者さんが慣れたようすでスムーズに進め、ものの10分ほどで済んでしまう。下取りのベッドを運び出し、新しいベッドのフレームを運び込み、マットレスを設置する。いま思えば、作業がしやすいように靴やゴミ箱を避けておいた私にも作業をスムーズにした貢献があったはずだ。だからどう、ではないけれど。

ただ、ベッドボード(ベッドの背もたれの部分)の組み立ての依頼ができていなかったらしく(注文時にチェックボックスを押し忘れたっぽい)、きれいにできあがったベッドの横に、無骨なダンボールが置かれて作業が終了した。

その場で追加でお願いできないか聞いてみたが、難しいとの返答。そりゃそうだ、その部分の組み立ても有料だし、作業に来ているのは下請けの業者さんなのでどうにもできない。仕方ないので、業者さんが撤収したあと、ひとりでベッドボードを組み立てた。

「こんなことあるのか」と思ったが、ベッドボードの組み立てのための説明書がない。業者からは説明書の冊子を2部受け取っていたのだが、その説明書はどちらもまったく同じベッドフレームのものだった。なぜ同じ商品のものを2部用意できるのか……。

ベッドボードの説明書はウェブ検索で出てきたので、組み立てはできた。それも最初は類似の商品のものを勘違いして見ていて「どう考えてもこの部品はこう取り付かないだろ……」と混乱しながらで、作業だけなら10分もかからないだろう工程に25分はかかってしまった。

とはいえ、無事に新しいベッドが届いた。シーツ類もボックスシーツに合わせて新調した。まっさらで気分がいい。眠りの改善のために睡眠記録をはじめ、Oura Ring を買い、ベッドを買い換えるところまで来た。この先の睡眠スコアが楽しみだ。

2020年11月13日(金)よれたリズム

前日から持ち越した資料作成は、昼前くらいに片付けられた。

知らない番号からiPhoneに着信。こういうとき取らないところに現代人っぽさを感じる。

留守電を聞くと、週末に届くベッドの配送時間を知らせるものだった。配送予約は12-18時だったのだが、14-16時にお届けしますとのことで、だいぶ気持ちが楽になった。先にわかると言うのは、安心になる。

合わせて新調しようと思っていたシーツ類を買い忘れていたことを思い出す。

ミーティングを2本済ませて、時間をかけて作った資料もお役目を果たす。出来は悪くはないが、とても良いまではいかない自己評価。資料作るのって記事作るより難しい気がする。なんか、ジャンルが違う。

最低限の仕事は全うして、どっと疲れが襲ってきた。アップルイベントと翌日の会食で生活リズムが崩れ、睡眠スコアも数日落ちっぱなしだ。体感もしている。さらに気持ちも少しどんより気味で、ソファーに倒れ込む。よれたリズムで歩けない。

夜まで何をするでもなく時間を過ごし(これ得意)、早めに眠る。

2020年11月12日(木)データベースは答えを出せない

午前3時からのイベント映像を視聴、仮眠のあとに仕事、からの日付けが変わる頃まで久しぶりに会食と、前日からの生活リズムのみだれが激しく、めざましをしなかったのもあり、起きたら10時を回っていた。

朝食を食べ、シャワーを浴び、ゆるっとしていたらもうお昼。起きたのが10時過ぎだったのだから当然だ。作らなければいけない資料に早く手をつけないといけないのだけど、気持ちが乗らない。そういうとき、無理に向かってもうまくいかない。だから、お昼ごはんにした。食べられるもんだ。

ヤマトさんが集荷に来た。大きいダンボールを抱えて。修理に出すヒーターを入れるダンボールだ。ヒーターの脚を外さないと入らないっすねとそそくさとドライバーをとってきてネジを緩めていく。そのあいだヒーターが倒れないように支えてくれたりした。ヤマトさんはやさしいから好きだ。

脚を外したヒーターを渡して、玄関だと狭いので通路にダンボールを広げて梱包する。ヤマトさんもメーカーからの紙の指示書を見ながら作業する。ほとんどやらないだろう作業の仕事をぶっつけ本番でやらないといけない。大変な仕事だ。それでもパパッと手際よく済ませて集荷していってくれた。もう一件あった集荷の具合なんかも確かめてくれてありがたかった。ふたつの案件のお客さんが同じ人だとわかった上でそう話題を振ってくれるのが親切に感じた。まぁ、あちらの作業を楽にするためなのかもしれないけれど。

黙々と作業。爆笑問題のラジオを聞いたりしながら。データを書き出し、整理し、文脈に合わせて組み立てていく。建前やよくある資料の体を作るのではなく、本当に役に立つものを作ることを心がけている。「これまで当たり前に入っていたデータ」も、そのとき大切な本筋への関連が弱ければ取っていく。なんでも出して揃えればいいわけじゃない。好きな言葉がある。データベースは答えを出せない。

結局、かなり手をかけることになり、晩ごはんのあとも作業。22時くらいで無理しない判断をし、お風呂へ。進捗せいぜい75%だけど、あとは明日の自分に任せる。大丈夫。なんとかなる。

これを書いて、おやすみ。0時になっている。

Macの未来を語れ

私たちはMacを愛している。カスタマー満足度1位だ。ティム・クックはそう語ってきた。それはわかったから、Macの未来を語ってほしい。

もうすぐアップルがイベントを開催する。告知ページに「One more thing.」と書かれたイベントだ。日本語では「もう一つあります。」と間抜けだ。

メディアを見るとどこもこぞってApple Silicon搭載のMacを発表するイベントだと書いている。しかし、それははじめてのことではない。Apple製のSiliconを搭載したMacという意味なら2年前から存在している。

大方が、13インチのMacBook ProないしMacBook Air、もしくはその両方にApple Siliconを搭載したものが発表されるとみている。それも外観デザインは現行モデルと変わらないという。

前CEOのスティーブ・ジョブズの常套句であり、アップルにとって意味ある言葉である「One more thing.」を飾っておいて、それだけで終わるだろうか。マスコミが見たことがない見た目のものを新しい商品だと取り上げる世界で、外観デザインの変わらないMacBookを発表するだけでイベントを開催するだけの意味があるだろうか。

イベントの告知ページに示された、カラフルなグラフィックは何を指しているだろうか。紫、ピンク、赤、オレンジ、黄色、白、水色の光が意図的に描かれているように見える。これらのボディカラーを提供していないMacBookだけの発表だろうか。

「One more thing.」だ。期待はずれはやめてほしい。

言葉が出るままに書いている。

Macだ。Macについて語ってほしい。冒頭に書いたとおり、ティム・クックはここ数年、新しいMacを発表する際には必ず、Macはカスタマー満足度1位だと語る。そして2018年10月のニューヨーク、MacBook AirとMac miniの新型が発表されたイベントではMacを愛していると語った。うる覚えだが。

iPhoneの盛り上がり以降、Macは不遇の時代を迎えていた。Macユーザーの怒りが爆発する寸前にならないとMacをアップグレードしない。そんなギリギリの状態だったように思う。

それが2017年のWWDCで発表されたiMac Pro、そして先に書いた2018年10月のニューヨークのイベント以降は、Macにも少しは気を配っているように思える。

長らく文字通りゴミ箱状態だったMac Proを刷新し、ハイエンドのMacBook Proも16インチ化した。2020年のiMac 27インチは最後のインテルモデルと言われているが、それ故に完成度が高く、久しぶりに堂々と見えるiMacだった。

しかし、決定打がない。Macを愛していると語るCEOもイベントでせいぜい一回それを言うに止まっている。

そこに今回のApple Siliconである。2020年のWWDC、MacのSoCをIntelからApple Siliconに移行すると発表したティム・クックはこう語った。

私たちが大きな変化を決めるときのたった1つの強力な理由は、より良いプロダクトを作るため。将来を見据えて新しいプロダクトをイメージするとき、Appleのカスタムシリコンが必要になってきます

Apple CEO Tim Cook, WWDC 2020 Keynote

「将来を見据えて新しいプロダクトをイメージするとき」。それはどんなプロダクトだろうか。

さらなるパフォーマンスだとか省電力化、Neural Engineの導入やApple製品全体が共通したアーキテクチャになるだとかは、この際どうでもいい。乱暴に言えばそんなのはフォースパワーが上がっていきますというコンピューティングの応用くらいのものだ。

私が求めているのは、VPのエヴァンズ・ハンキーをはじめとするインダストリアルデザインチームが、Macの未来をどのように考えているかを、ティム・クックがしっかり語ることだ。エヴァンズ・ハンキーは外に出ることを避けているようでもある。

処理スピードが何倍ですとか、バッテリーライフがどのくらいですという話じゃない。Apple Siliconがもたらす省電力な設計でMacの限界が押し上げられた結果、Appleの想像力がMacで見せてくれるライフスタイルやクリエイティブのある世界がどんなものになるのか。そしてそのMacはどんな姿をしているか、どんな体験を私たちに与えてくれるのか。

そして、そのMacを牽引する存在が、新型のiMacであってほしいと私は願っている。

これまでのMacに自虐的な後ろめたさがあるかはわからないが、WWDC 2020でティム・クックはこうとも語っている。

これほどMacの将来に自信を持てたことはありません

Apple CEO Tim Cook, WWDC 2020 Keynote

あなたは何のために書いていますか?

それはお金であり、名声であり、面倒を片づけるためかもしれない。仕事で仕方なく書いているかもしれない。書きたくもないものを、なぜか書かなければならない状況が書かせているかもしれない。

ちやほやされたくて書いているかもしれない。ソーシャルメディアでのシェアやいいねが欲しくて書いているかもしれない。それを知らせるスマートフォンからの通知をオフにしていることがうれしくなってしまったあれはいつだっただろう。もうその感覚は忘れたけれど、膨れ上がっていく数字と自分が書いたものに対するコメントがうれしくてたまらないのは今でも変わらない?

自分の影響力を頼りにする企業広報とのつながりが自分を特別な何かだと思わせてくれる?多くの人がアクセスできない場所へ連れて行ってくれる?まだ発売されていないガジェットを先に触らせてくれる?同じようにその特別な存在だと思える人たちの輪の中に入っていることがうれしい気持ちをさらに増やしてくれる?

それでもいいと思う。

でも、あなたはもっとあなたのことが書けるよ。自分が大事にしていることを書けるよ。別におもしろくない?そんなことない。あなたの話が聞きたい。あなたが思ったこと、そう、たとえば昨日の夜、夢中になってたゲームのことでもいい。毎週聞いてるお笑い芸人のラジオ番組のことでもいい。大好きな彼氏とのデートのときのことだっていい。GoToトラベルで行った京都で庭園に感激したことだっていいし、日曜日なのに夕方まで部屋で泥になっていたことだっていい。iPhoneのレビューもいいね。頼まれもしてないのに予定調和の褒めを書くんじゃない。ほかに誰も言ってないって理由でひねったことを書くんじゃない。あなたが感じたことは本当にそれだった?自分の胸に気づけていない引っかかりはない?

あなたは、あなたが大切に思うことを書いて欲しい。書くことが、つくることが、あなた自身のこころに花が咲くような、ジェットコースターに乗ったときのような、そんな気持ちが湧き上がる源になってほしい。それをみんなは楽しみにしているよ。

そういうことができればきっと、僕たちのインターネットはもう少し良くなる。個性のないウェブメディアに載ってるような、だれに向かって書かれているかもわからない記事タイトルは減ると思う。意味もない前半後半の2文で構成された記事タイトルは減ると思う。酷いことを書いて煽るタイトルは減ると思う。ほとんど関係ない固有名詞を引っぱりだすタイトルは減ると思う。

記事の数やページビューを増やすだけの時代はとっくに終わったって、みんな言ってる。でもみんな本当にそれをやめられた?ビジネスだからと、まだ宇宙ゴミになる記事を作りつづける?

あなたは、あなたの大事に思うことを書いて欲しい。あなたの胸がわくわくするようなこと。そうすれば、僕たちのインターネットは、きっともう少しよくなるよ。